2679年 11月 12日 探訪
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此方は黒磯市街地の最北端、那珂川に架る國道四號舊道、現栃木縣道五五號線の橋であります。 まあ經緯に附ましては彼方此方で説明されて居りますし、土木遺産でありますから專門的にも解説されて居りますので拙は割愛させて戴きますが、 昭和七年に架橋された歴史的物件であります。 紀元節(昭和十五年)以前の物件でありますから間も無く百年を迎へると云ふ物件でありますが、未だ現役供用物件でありますし、先の東日本震災にも耐へた手荒く頑丈な、 と云ふ表現もアレでせうが、さう云ふ橋であります。 さう云ふ譯で、所謂有名物件でありますので拙的に取上るのもアレかと思ひましたが、かと云つて取材し無いのもアレかと思ひ黒磯市の仕上と思ひ赴いた譯でありますが、 まあ、拙也の視點で見て行き度いと思ひます。 因に、現在立つてゐる處、道路中央から右手が本郷町、左手が橋本町でありまして、橋、と云ふか那珂川中央から左岸側が那須町高久甲であります。 と云つた處で、此方右岸側から見て行きます。 因に、 【黒磯市西岩嵜-那須町高久乙 恆明橋ト舊橋跡】 からは九キロ程下流に成ります。 |
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那珂川。 手荒く立派な石造の親柱に金屬製の銘板が附て居ります。 |
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文字が等間隔では無いのが何かアレでありますが、何か之、親柱の切缺部分依りも小さいでありますし、昭和七年で之なのでせうか。 手書から起した字體では無い工業的字體に見えますし、銘板自體の意匠から、如何見ても昭和卅年代の銘板に見えるのでありますが。 併し石の表面の仕上げは手荒く素晴しいであります。 |
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晩翠橋。 斯う云ふ親柱、轉落防止柵も兼てゐるのでせうね。 右手に何か貼附られてゐた跡が有りますが、何が貼られてゐたのでせうか。 |
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一應ね、同じ樣な花崗岩が嵌られてゐた銘板周りに違和感が無い樣に仕上られて居ります。 粒子云々迄はまあ、仕方が無い處であります。 |
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高欄は今時の輕合金製の物に更新されて居り、同時に地覆の嵩上されて居ります。 元からの物、と云つても矢張如何見ても昭和卅年代物と云ふ意匠の高欄は、二六七三年(西暦2013年)の某ストリイトビウの畫像で見られますが、 如何やら其前後から翌年に掛て更新された樣であります。 では左岸側へ移動致します。 |
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昭和七年七月竣功。 全體的に黒ずんだ親柱は長年の風雪に因る影響でせうか。 併し、如何やら石にずれが生じてゐる樣でありますが、若かしますと震災の影響でせうか。 だとしますと、左岸側の方が搖れが強かつたと云ふ事なのでありますかね。 |
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如何見ても後年に更新された銘板でありますが、上手く纏つてゐると思ひます。 |
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土木學會選奬土木遺産の銘板も上手く纏つて附て居りますが、或る意味原型を損つてゐるので拙的にはアレと云ひますか、まあ仕方が無い處でありますか。呵呵 |
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親柱裏側を見ますと、嗚呼、結構な變状であります。 併し美しい造型であります。 |
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ばんすいきよう。 嗚呼、矢張戰後に更新された銘板でありますね。 併し此方も結構痛んでゐる樣子であります。 |
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戰前の銘板でありましたら「ばんすゐけう」と表記されてゐたでせうに。 さう、竣功當時の冩眞を見ました處、現在の銘板外側の枠の大きさの銘板が附てゐた樣であります。 では右岸側へ戻りまして、下から見てみようと思ひます。 |
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此横から見た姿が晩粹橋の一番美しい姿でせうか、流石現代の名橋百選に選ばれるだけあります。 因に、上路三徑間連續ブレエストリブバランストアヽチと云ふ形式でありまして、設計活荷重は二等橋、建設時は縣道黒磯高久線ださうであります。 詳くは『土木學會附屬土木圖書館』の『歴史的鋼橋集覽1873-1960』と云ふ頁、まあ 【此方】 なのでありますが、其方に正確な情報が記載されて居ります。 |
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牀版が乘る縱桁は、兩側の補剛桁を合はせて七本、横桁の入り方も美しいであります。 街燈は後年に成つてから附加へられた樣であります。 |
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此絶妙な美しさを誇るトラス構造のアヽチリブ部分、此が戰前の作なのでありますから感歎の言葉も御坐いません。 支柱の構造の違ひを御樂しみ下さいませ。 |
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橋臺も藝術的であります。 現代の落橋防止の補強が入つても然程違和感を感じ無いと云ふと襃過でせうか。 トラス構造部分の對傾構、で良いのかな、の入方が必見であります。 |
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對傾構、一定の間隔迄トラス構造部分が廣がりますと、四から二に成るのであります。 いやあ、併し見事な曲線が描かれて居りますよね。 |
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支承。 手荒く多い鋲が時代を感じさせますが、此混凝土の全く痛みの無い具合、之が百年近く前の構造物だとはとても思へません。 知ら無い人が見ましたら、絶對さう信じ無いでせう。 |
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對岸側も如何でありますか。 之で幾度と無く水害、其と震災を乘越えて來たのでありますから、當時の技術足るや素晴しいと思ひます。 して、之だけの歴史的物件でありますから、實際に見ましたら此方も適當に紹介出來無いなと思ひ心構へもしつかりとして書きました。 普段氣にもせずに自動車で通つてゐるだけでは此素晴しい橋が見られないと云ふのも勿體無いでありますが、幾度と無く水害で架替られてゐた物が之以降無く、 其こそ當然の樣に通行出來てゐると云ふ事こそ、此だけの物を作つた甲斐が有ると云ふ事なのでせう。 何か、今迄見た中でも一番心奪はれた、手荒く素晴しい物件でありました。 以上、御附合有難う御坐いました。 |
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但し、今囘拙の一番の目的は、も少し上流側に見える此方、先代橋の跡なのであります。 【黒磯市橋本町-那須町高久甲 晩翠橋 【二】】 に續く。 |