2678年 5月 22日 探訪
此方は
【馬頭町大那地 大月橋】
依り二キロ程、大内川を上つた處に架る栃木縣道二三二號線の舊道部分の橋であります。 まあ、國道四六一號側から栃木縣道二三二號線に入り、六、七キロ鷲子山方面に進んだ邊、と書いたら分り易いでせうか。 とは云へ自動車一臺分程の幅員の舊道側でありますから、一寸分り辛いかも知れ無いと云へばさうかも知れません。 扨、ぱつと見の印象で、如何にも高度經濟成長期物件と云ふ感じでありまして、 【馬頭町矢又 靜橋】 に似た雰圍氣を感じますが、其實如何でせうか。 其では此方、右岸側から見て行き度いと思ひます。 |
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大内川。 靜橋同樣、中々に良い雰圍氣の親柱、と云ひますか、高欄の柱であります。 但し、此方の方が立派な柱に成つて居りまして、親柱らしいと云へばらしい感じであります。 |
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深沢橋。 矢張中々に素敵な字體なのでありますが、之は發注者の首長が書いた文字なのでせうか。 其共規格的な字體なのでせうか。 |
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高欄は鐵管を一本使用しました意匠であります。 まあ、何處にでも在つたと云へば其迄なのでありますが、其な斯う云ふ橋も今や珍しい部類に成つて來てゐる樣な感じであります。 其では左岸側へ移動致します。 |
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深沢橋。 あらまあ何と珍しい、下流側は何方も同じ銘板が附てゐるとは。 而も何方も字體が違ふと云ふのが手荒く素敵であります。 |
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其外側、桁部分に工事銘板が附て居りました。 と云つても此方、直隣の屋敷の方に訊いて御教へ戴いたので分つた次第であります。 して、昭和卅七年十二月竣功でありますね。 えゝ、道理で靜橋と似た意匠の筈でありますよ。 |
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大内川。 此方も右岸側とは字體が違ひますね。 と云ふ事は、左右兩岸で其々別個に書いた物を用意して、其々別個に銘板を作成したと云ふ事でありますよね。 何と素晴しい、さうして素敵な事でせう。 |
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横から見ました處、此方は牀版橋でありますね。 まあ此規模でありましたらT字にする依りも色々な點で良かつたと云ふ事なのでせう。 して、舊橋の痕跡は御坐いませんでした。 併し、斯う云ふ素敵な物件、末永く殘つてゐて欲しいなと思ひます。 もうですね、銘板が素敵過ぎまして、其だけでも見た甲斐が有つたと云ふ感じでありました。 其と、御近所の御夫婦樣、色々と御世話に成りました、有難う御坐いました。 以上、御附合有難う御坐いました。 |