2673年 10月 29日 探訪
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此方は
【市貝町上根 上根名稱不明橋 【其一】】
から三百米程下流側の物件であります。 多分同時期の架橋かと思はれますが、同樣に名稱不明と云ふ點も一緒でありました。 態々銘板を取附し無いと云ふ事は、橋に有難味が少く成つて來た時代と云ふ事なのでせうね。 何かを得ると失ふ物は必ず在る、と云ふ事でありますね。 では此方、左岸側から見て行きます。 |
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まあ、桁も一緒で、多分單純桁では無いかなあと思ふのでありますが、きちんと確認はして居りません。 併し此車止の部分と親柱が一體に作られてゐると云ふ點で、若かしますと經費削減の試みが成されて居り、 且つ意匠的にも獨特の特徴を備へてゐると云ふ樣に見えるのであります。 |
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銘板が無いと成りますと、次は混凝土型枠が如云ふ具合に組まれてゐたかに興味が移ります。 何か、一寸意外な位置で形成されてゐると云ふ感じでありました。 之では親柱が途中で折て補修した樣に見えて仕舞ひます。 排水桝の部分で育つてゐるのでありますから。 |
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此方は依り一層繼ぎ接ぎと云ふ感じに見えて仕舞ひます。 でも之、恐く竣功當時其儘なのでせうね。 |
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して、横から見て工事銘板でも附てゐ無いかなと思つたのでありますが、矢張御坐いませんでした。 橋臺周邊の石積が素敵であります。 併し此方、面白いのは、高欄の手摺的な部分が【其一】の橋とは違ふと云ふ事であります。 【其一】が縱と致しますと、此方は横と云ふ具合に、一寸した個性の演出が成されてゐるのであります。 では、右岸側へ移動致します。 |
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えゝと、多分之は後年に成つてから補修されてゐるのであらうと思はれます。 何と無く、高欄の手前一本と親柱に當る柱が綺麗でありますし、如何見ても親柱、繼ぎ接ぎされてゐると云ふ感じでありますから。 |
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此方は當時からの姿の儘、でありますね。 併し、斯う云ふ具合に橋臺側にきちんと親柱を作ら無いで桁の上で簡略化すると云ふ意匠、餘り見掛る事は御坐いませんので、 思つた程の費用對效果が得られ無かつたのか、餘り廣まる事無くガアドレイル高欄に交代する樣に成つたと云ふ事なのでせうか。 何方にしましても、興味深い物件が見られた樣な氣がしましたので、十分に滿足であります。 以上、御附合有難う御坐いました。 |