茂木町茂木 特殊地下壕(東京芝浦電機軍需工場)跡

2673年 4月 9日 探訪

 古い橋探索をと思ひ航空冩眞を見てゐて、でも此處には無ささうだなあと本來通る豫定から外してゐた茂木驛裏側の道。
でありますが、何と無く誘はれる樣に踏切を渡らずに豫定から外した道に入つて行くと、突如此奴が現れました。

 茂木と云へばクラリオン工場跡が有名でありますが、此方はネツト上では餘り見掛無い樣子であります。
 では上の冩眞の奧手側から見て行きませう。

 念入に封鎖されて居ります。
 此方が一番開口部が大きいのでありますが、主要な出入口だつたのでせうか。

 直隣は開いてゐると思ひきや、直に行止りの樣子であります。
 一部開いてゐますが、當然立入禁止であります。

 若しかしますと、點檢其他念の爲の換氣口も兼ねてゐるのでせうか。

 縱長部分は何の爲だつたのか氣に成ります。

 因に、小屋は物置にしてゐた樣子であります。
 此方小屋の裏手であります。

 何の跡でせうか此凹。

 地質は大谷石に近い感じでせうか。
最初は採石場跡地かと思つて仕舞つた位でありましたから。
 斯う云ふ小さい部分も念入に塞が無いと、少國民が入つて仕舞ひますものね。
 結構土被は淺い樣な氣がするのでありますが、爆撃されて崩落すると云ふ可能性は餘り考へ無かつたのでせうか。
 或る程度見てから此方の看板に氣附ました。

 成程。

 嗚呼、もつと以前に氣附てゐれば、開口してゐる時が見られたのでありますね、殘念。
でもまあ、其も是も巡り合はせなので仕方の無い事であります。

 まあ斯うして"だつた"と云ふ姿が見られるだけでも十分であります。

 以上、御附合有難う御坐いました。

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