益子町上大羽 名稱不明橋三本

2675年 7月 14日 探訪

 【益子町下大羽 大羽橋】 から大羽川を遡る事一キロ半程、栗生澤と分岐し其方に進むと、雰圍氣の有る橋を見附ました。
 高欄の意匠から昭和廿年代物件かなと喜んだのでありますが、調べて見ますと此附近の河川改修が行はれたのが昭和四十年代前半。
でありますので、まあ、えゝ、さう云ふ事であります。

 少し張出した高欄上部が親柱を求めてゐる、と云ふ感じに見え無くも無いであります。

 して、形式的には牀版橋でありますね、此感じは。
 次は其處から更に四キロ程遡つた處に在る橋であります。
 多分先程の名稱不明橋と同年代頃のでせうが、立派な高欄に見入つて仕舞ました。
 うむ、之は如何捉へるのが適切なのでせう。

 二囘に分て造形されてゐると云ふべきか、覃に二段重ねされてゐると云ふべきか。

 さう致しますと鐡筋は如何成つてゐるのかと思つて仕舞のでありますが、まあ、餘深くは考へ無い樣に致します。
 して、斯う云ふ古初代ガアドレイルの規格橋は何本も在りました。
 さう、斯う云ふ具合にね。

 して、使はれてゐる螺旋がプラスでありますし、丸柱であります事から、昭和四十年代前半とは云へ限り無く昭和四十五年に近い年代の物件では無いでせうか。

 以上、御附合有難う御坐いました。

戻る