益子町大澤 無名橋

2673年 10月 15日 探訪

 久々に素敵な物件を發見致しました。
一徑間の鋼製上路桁橋であります。

 と云ひますか、之だけの鋼材を如何したのかとか、如何遣つて架設したのかとか、實際に使はれてゐるのかとか色々氣に成る事は御坐いますが、 不取敢まあ、四の五の拔にして樂しむ事と致しませう。

 では此方左岸側から見て行きます。
 之、躊躇無しに渡つてゐるのでせうか。

 因に、前囘の 【益子町大澤 上町橋】 依り大凡二五◯米程上流側に架けられて居ります。
 桁の右側を確認致します。

 上側を其儘行くのはアレかと思ひ、兩側の廣い部分に足を掛てなら確實かと思ひましたので、先づは觀察であります。
 次いで左側であります。

 うん、先づは多分、足は入りますが、一寸上部が廣がつてゐるのが問題に成りさうでありますので、矢張り上側を渡るしか無ささうであります。
 幅員は兩足が丁度乘る程度であります。

 まあ、平均臺だと思へば造作無いであります。

 では、いざ。
 扨、三歩程歩みを進めました。

 でありますが、何か柔かくユラリと搖れたのであります。
其で一寸躊躇しましてね、眼が惡く亂視が酷いので、幾ら眼鏡を掛てゐるとは云へ、時々平衡感覺に自信が無く成りますので、 若もの事を考へましたら之以上足が進みませんでした。

 撤退する勇氣の方が拙は直ぐに勝るのであります。
 對岸、右岸側の樣子であります。

 多分、ほぼ渡り切つたとしましても、此草木が生茂る所で拙は嫌な汗を掻いた事でせう。

 と云ひますか、途中で寫眞撮る餘裕も無かつたでせうし、も一度渡つて戻つて來る氣力も無かつたと思ひますので、止て正解だつたと自分に言ひ聞かせました。
 併し一體何の目的で架設したのでせう。
農作業に向ふ爲になのでせうか。

 だと致しましたら、之だけの鋼材を見附る他に運搬、架設にも結構な手間を掛た價値が有つたと云ふ事なのでせうね。

 唯、安全面は全く無いので、例へば此處を鍬を持つた七十代以上の爺樣が長靴姿で輕々と渡つてゐる場面とか見た日には、手荒く感服して仕舞ふ事でせう。
と云ひますか、小國民の皆が度胸試しとかに使は無い事を願ふ許であります。

 因に、架橋年代でありますが、航空冩眞で確認しました處、昭和四二年には未だ無く、昭和四五年には其姿が確認出來ましたので、 其間にと云ふ事で確實であります。

 以上、御附合有難う御坐いました。

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