2678年 7月 24日 探訪
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此方は
【黒磯市島方 名稱不明橋】
依り六キロ程熊川を上つた處に架る、栃木縣道五三號線舊道の橋であります。 某アウトレツトの少し上側と云つた方が分り易いでせうか、丁度新舊道の分岐邊で、其々熊川に橋が架つて居りますので確認はし易い場所だと思ひます。 扨、まあ別段特徴的にも見え無い、極普通の橋と云ふ感じでありますが、でありますからこそ何と無く昭和四十年代的かなと思ひまして、 取材した次第でありますが其實如何でせうか。 と云ふ事で此方、左岸側から見て行き度いと思ひます。 |
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たろうばし。 何共可愛らしい、如何にも日本男兒と云ふ感じの命名であります。 其にしましてもまあ、何て縱方向に長い親柱なのでせう。 |
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くまかわ。 「かは」と呼んだり「がは」と呼んだり、一體どちらが正解とか野暮な事は云ひません。 通じれば何方でも構ひませんから。 併し此親柱、轉落防止策も兼てゐると云ふ事なのでせうか。 |
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高欄は鐵柵の樣な、如何にも昭和四十年代から五十年代と云ふ感じの意匠であります。 まあ何處でも見掛る形でありますね。 |
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横から見ました處、一徑間の鈑橋でありました。 新道側の橋との高低差が結構御坐いますね。 |
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主桁の横に工事銘板が附て居りました。 昭和四五年三月竣功でありますね。 では右岸側へ移動致します。 |
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太郎橋。 橋名の由來を地圖に求めましたが、地區名等では御坐いませんでしたので、不明であります。 |
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熊川。 多分此親柱は轉落防止でありますね。 親柱の向側はもう既に川牀に向つて斜面に成つて居りますから。 併し此處でも當然水は全く流れて居りませんので、一體何キロ程伏流水に成つてゐる川なのかと驚く次第であります。 其と、此處は案外崖に成つてゐる樣な、結構溪谷的に高低差が有るのにも驚きでありました。 まあ、斯うして觀察すればこその良い物件でありましたかね。 以上、御附合有難う御坐いました。 |