2679年 3月 26日 探訪
![]() |
此方は
【喜連川町上河戸 天王前橋】
依り江川を八百米程下つた處に架る橋であります。 一連の橋同様、ぱつと見に此方は昭和五十年頃以降の竣功物件に見える事から見落してゐたのでありますが、如何やら此方も昭和四三年竣功との事でありますので、再訪と相成りました。 と云ふ感じでありますので、簡單に此方左岸側から見て行き度いと思ひます。 |
![]() |
現在の物と同型のガアドレイル高欄でありますが、良く見れば地覆には後から柱を附た樣な感じに見えますね。 まあ、ぱつと見に騙される、と云ふ云ひ方もアレでありますが、さう云ひ度く成る氣持、御分り戴けるでせうか。 嗚呼、當然の如く何處にも銘板、橋歴板は御坐いません。 |
![]() |
横から見ました處、此方は混凝土牀版橋であります。 地覆から主桁の下の方迄斜に繋つてゐる邊、如何にも昭和四十年代と云ふ感じであります。 併し橋の下、水路狹いでありますね。 |
![]() |
如何せなので下から主桁を見てみました。 嗚呼、之はPC桁でありますね。 と云ひますか、斯う云ふ具合に桁同士に隙間が開いてゐてもT字では無く牀版橋の樣であります。 |
![]() |
横桁も入つて居ります。 と云ひますか、素人にはT字との違ひが分りません。 |
![]() |
其と疑問なのでありますが、斯う云ふ具合に護岸が區區に成つてゐるのは敢てなのでせうか。 例へば、是で流量、流速を調節してゐるとか、と云ふ具合に。 まあ、何だ彼だで興味深く見られて良かつたであります。 以上、御附合有難う御坐いました。 |